第七章 石神村

2.女郎尊

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女郎尊  その日、不思議なことがあった。藤田が帰って夕刻。庄右衛門は「娘御堂」の前を通り掛かったので御堂に手を合わせた。ふと見ると扉の間に紙が差し込まれていた。 (はて?先日の娘の命日の法要の時には無かったはずだが。) 庄右衛門はその二つ折りになっている紙を開くと。 【帰命頂礼 女郎尊】と書かれていた。 「誰が!?」 周囲を見渡すが誰もいない。 (これはきっと娘を知る者が来たに違いない。それにしても女郎だって?なぜ村の誰かを訪ねない?) 庄右衛門は紙を大事にしまって持って帰った。 それから数日後。夕飯前に庄右衛門が囲炉裏で茶を沸かしていると、7歳の娘が膝の上に乗ってきた。たくさん遊んできたのか、顔は土で汚れていた。庄右衛門が手ぬぐいで拭いてやると、娘は今日あったことを話した。誰々とかくれんぼをしたとか、魚釣りをしたとか、他愛のない話をした後に、 「今日ね。〝お姉さんの御堂〟で遊んでいたらね。知らない男の人が御堂の前に来てね。ずっと座ってたんだよ。」 庄右衛門ははっとした。 「え?それはどんな人?いくつぐらい?」 「う~ん。喜助おじさんぐらいかな?優しそうな人。」 (喜助と同じぐらい?27、8歳ぐらいか。) 「それで、その人何していたの?」 「お姉さんの御堂にお話ししてた。あと、泣いてた。」 娘は屈託なく言った。 庄右衛門は胸がいっぱいになった。 (そうか、来てくれたのか。よかった。) 「お父さん泣いてるの?」 娘が庄右衛門を見上げて言うと、庄右衛門は涙をぬぐいながら。 「うん。ちょっとな。うれしくて。これで成仏できると思ってな。」 「成仏って?」 「死んだ人が幸せになることだよ。」 「死んだ人が?変なの。」 御堂は幾年か過ぎ、誰ともなしに女郎仏、お女郎さんと呼ばれ、いつまでも村人から大切にされたのであった。 川口市石神妙延寺「女郎仏由来」とさいたま新都心高台橋「お女郎地蔵由来」より。 了