張り込み
四恩寺は大宮宿の北の外れにあり。その中に閻魔堂という御堂がある。徳次郎たちはここに2月から住み着いている。その直後にこの寺の所化が殺害されているので、千歳が書いたように彼らがやった可能性が高い。住職は恐れをなしたのか不在のようだった。
清五郎は閻魔堂を監視できる位置の家を借り切って監視を始めた。住人には十分な金を与えてしばらく何処かに行ってもらった。清五郎は平太夫が道楽で買った遠眼鏡を持ち込んでいた。その家の屋根裏の隙間から遠眼鏡で見ると閻魔堂が丸見えだが閻魔堂からは見えない。格好の監視場所だった。家には必ず1人は木曾屋の使用人を置き、連絡や不測の事態に備えた。
監視をしてみると奴らの動きは実に奇妙だった。常駐しているのは4人程度だが、1日に何組も荷物を持った若者が閻魔堂に入り、そしてまた荷物を持って出て行った。それはすごく組織立って見えた。夕刻になると、あちこちから仲間が集まってきて繁華街に向かっていった。奴らがひっきりなしに持ってきては持って行く荷物は、とても絹商人の物には見えない。壺や仏像、道具などもあった。おそらく盗んだ物をここで検めてどこかに売り捌きに行くのだろう。そして夕方になると売り払った金を持った仲間がここに集まり、その金を分配していくつかの組に別れ、宿場の繁華街で散財していく。これを繰り返していると見える。
(これは思ったより深刻だぞ。奴らは盗んだ物を金に換え、それを宿場で散財することで宿場の人達を手なずけようとしている。宿場を金と暴力で裏から支配することで、誰にも手出しできないようにする計画なのだ。)
清五郎は平太夫に大宮宿で情報収集するのを止めるよう忠告した。宿場内で奴らの情報網が形成されている可能性があるからだ。平太夫は宿場外での情報収集している善右衛門を手伝うことにした。
清五郎が閻魔堂の張り込みをして10日が過ぎた3月20日。閻魔堂に常駐している幹部の実態が分かってきた。幹部は4人おりそれぞれ役割があるようだ。手下が盗んだ物を安全に運び込む役と盗んだ物を金に換える役だ。南に向かう手下を指示しているのが換金役の幹部で、おそらく盗品を江戸で売り捌かせているのだろう。北に向かう、あるいは北から荷物を持ってくる手下を指示しているのが強盗役で、武州北部や上州(群馬県)で強盗や空き巣をしているものと思われる。幹部たちは手下を指示し、自らは手を下していないようだ。しかし徳次郎と思われる人物は一度も見たことがない。幹部らはお互い対等な立場のようで4人の中でへりくだる態度が見られなかったからだ。
(徳次郎は中に居ないのか?それとも千鳥の予想通りショックで大人しくなっているのか?)
この日幹部4人は誰もいなかった。前日から4人そろって出かけていたからだ。何か動きがあるはずと思っていたら事件が起きた。夕刻、閻魔堂の裏にある林に役人達が入ってきた。彼らはそこで荷物を降ろすと着ていた服を脱ぎ始めた。そして町人風の服装に着替えたのだ。(何をしているんだ?)清五郎は緊張した。そこへ通りがかりの百姓が彼らの様子を不審そうに窺っているのが見えた。
(まずい!早く逃げろ!)声を出して伝えたかったが、百姓は危険を感じていないようだった。百姓は彼らに見つかった。林で着替えをしていた連中は素早い動きで百姓を取り囲むと、あっという間に前後から刺し殺した。そして林の奥に引きずっていった。
(堪えろ!今出て行ってはまずい!)清五郎は戦慄とともに湧き上がる怒りを必死に抑えていた。やみくもに出て行っても返り討ちに逢うだけだ。今は自制するべきだった。連中は百姓の死体を隠すと平然と閻魔堂に入っていった。その中には千歳に腕を斬られた男もいた。
日没前に百姓を殺した連中は残らず宿場に向かっていった。清五郎は閻魔堂に動きが無いと見て、百姓が殺された林に入った。百姓は林の奥のくぼみに土や葉っぱを掛けられて隠されていた。
(すぐに善右衛門様に知らせよう。)清五郎が帰ろうとした時、木札が落ちているのを見つけた。拾ってみると葵の紋が入った御用会符だった。会符は運搬する荷物に付ける札だが、御用会符は幕府専用の荷物に付ける札である。
(なぜこれを奴らが?!)清五郎は驚愕した。役人姿に変装していたことといい、この偽会符といい、連中がお上をたばかる重大犯罪をしていることは明らかだった。その夜木曾屋に3人は集まった。
清五郎は徳次郎一党が行っている犯罪の実態と今日あった百姓殺害と役人偽装の件を報告した。役人偽装は関所や宿場を通過する際、役人を騙すためだと思われる。
「この役人偽装はお上にとって許しがたい犯罪なので、この一件と百姓殺害を持って火盗改めに注進しても良いかと思いますが。」
清五郎はこれで火盗改めが捜査する条件を満たしたと思っていた。
「うむ。それはそうだが、奴らが集めているものが強盗によるものだという証拠も必要だ。それについては平太夫が情報を持ってきた。」
「はい。隣の宮原村に千鳥の馴染み客の豪農がおりますので訪ねてきました。そうしたら一昨日白昼堂々押し込み強盗に入られたそうです。その馴染み客が言うには金を出さないと殺すと脅されて、蔵にあった金を持って行かれたそうです。その犯人の中には右腕に布を巻いた男がいたそうです。これは千鳥に斬られた男と一致しています。」
平太夫はこれを持って確実な証言が得られたと言った。
「よし!これで条件は満たされた。奴らの罪状は強盗、殺人、盗品販売、公儀役人偽装だ。清五郎!注進状を書け!」
清五郎は注進状を急いで書いて善右衛門に渡した。善右衛門は注進状と千歳の平太夫への手紙、そして偽会符を箱に詰めて早飛脚で火盗改めがいる本所菊川町に届けさせた。
第六章 大宮宿
8.張り込み
この章の目次へ主な登場人物

清五郎
千歳の遺書を受け取り、徳次郎一党の監視と排除に動き出す。

木曾屋平太夫
清五郎の父。宿場を守るために行動し、清五郎に役目を託す。

小松善右衛門
大宮宿の名主。千歳の遺書を受け取り、火盗改めへの注進を提案する。
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