第六章 大宮宿

6.入水

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主な登場人物
千歳

千歳(千鳥)

飯盛旅籠柳屋の女将兼女郎。徳次郎の身請けを拒否し、自らの誇りを守り抜く。

柳屋利兵衛

柳屋利兵衛

千歳と幾の育て親で、柳屋の主。体調を崩している。

入水  翌日から徳次郎の子分たちの嫌がらせが始まった。柳屋の前には終日子分たちが陣取り、店に入ろうとする客に喧嘩を吹っ掛けた。異様な雰囲気となり道行く人は避けるように通り過ぎた。このあからさまな営業妨害を聞いた小松善右衛門が雲助たちを引き連れてくるとたちまち大喧嘩となった。 徳次郎の子分たちは多勢に無勢となったため、その日は引き上げていった。その翌日も次の日も同じような小競り合いがあり、柳屋の営業は不可能となり、やむなく店の戸を閉ざさざるを得なかった。 3月8日朝、店の前に閻魔大王の石像が置かれていた。連中の嫌がらせなのは明らかだった。利兵衛と千鳥が退かそうとしたがビクともしなかった。そこへ連中が現れた。 「よう!商売は繁盛してるかい?」 千鳥に腕を斬られた子分だった。右腕には布がまかれていた。 「こんなせこい真似しやがって。おまえらの親分の金玉はどれだけ小さいんだい!」 千鳥は子分を睨みつけた。 「あまり調子に乗るなよ。親分が大人しくしてても俺たちが許さねぇ。おめえが身請け話を受けねえなら、俺たちは何日でもここへ来るからな。」 子分がそう言うと千鳥はさっと手を出したが、それはあっさり躱された。 「もう諦めろ!俺たちはどんな手を使ってもおめえが承知するまでとことんやる。明日はこの店が燃えているかもな。この親父だっていつまで無事でいられるかな?いつか池に浮かんでいるかも知れねえぞ。」 「この下種野郎!」 千鳥はそいつの襟首を掴んだが、振り払われて地面に倒された。 「千鳥!気が変わったら四恩寺に来い。親分が待ってるぜ!」 そう言うと連中は帰っていった。 「もうダメだ。店を畳むしかない。」利兵衛は蚊の鳴くような声で言って寝込んでしまった。利兵衛と千歳以外誰も居なくなった店はシンとしていた。その日千歳は自室に引きこもっていたという。その翌日悲劇が起きた。 大宮宿の手前に高台橋という土橋があって、その下を鴻沼川という上流の用水を落とす悪水路(排水路)が流れている。千歳はその少し下流で水死体で見つかった。柳屋の千歳の自室から遺書が見つかったため自殺で処理された。