第四章 石川島

3.訃報

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主な登場人物
長谷川平蔵

長谷川平蔵

火付盗賊改方長官。

内藤数馬

内藤数馬

平蔵の部下。

杉浦五大夫勝定

杉浦五大夫

伊奈家の重臣。

伊奈忠尊

伊奈忠尊

関東郡代伊奈家の当主。

訃報  寛政3年(1791)8月24日。用事から戻った内藤数馬は険しい顔で役宅に帰ってきた。 「おう数馬!ちょうど良いところに来た。お前今度は口入れ屋(人材紹介業)をやらねぇか?」 平蔵はすっかり数馬を何でも屋扱いしている。 「お頭。杉浦様がお亡くなりになりました。」 数馬は神妙な顔つきで言った。 「杉浦って、あの伊奈家の杉浦五大夫殿か?」 平蔵は真顔になった。 「そうか。惜しい人を亡くしたな。」 数馬は続けた。 「ただお亡くなりになったのではないのです。本所牢の役人から聞いたのですが、杉浦様はご当主伊奈忠尊様に処断されて監禁中に亡くなったのです。」 「何だって!?何があった?」 平蔵は驚いた。 「本所牢の役人の話では、忠尊様の不行跡を杉浦様他重臣たちが再三諫めたのにもかかわらず、全く改めることが無かったそうです。それで幕府に注進したところ忠尊様が激怒なさったとか。しかも重臣ばかりではなく古川殿含め、蟄居謹慎処分を受けた家臣が50人以上に上るとか。」 最近伊奈家の当主が仕事もせずに夜な夜な吉原や岡場所に通い詰めているという噂は平蔵も聞いていた。江戸城に登城もしていないことも。 「ううむ。これは大変な事になるな。俺が思うに伊奈家は潰れるぜ。」 「そんな。まさか?」 平蔵は杉浦のような有能な忠臣を処断すれば伊奈家は内部から瓦解する。特に関東郡代伊奈家は他家にはない専門的な能力を必要とする組織なので、熟練の人材が生命線なのだ。それを一度に何十人も処分すればすぐに機能不全になることは馬鹿でも分かる。それを伊奈忠尊はやったのである。 (伊奈家200年の栄光が、一人のくだらない人間のために潰えてしまうのか?杉浦殿、おいたわしや。ご無念お察しします。)