御堂
明けて3月6日。朝になると約束通り了庵が来た。
それに釣られ村の者もゾロゾロと集まってきた。了庵は小屋に入ると娘の脈がない事を確認し、さらに鼻の下に綿を置いて息がない事を確かめると、小屋から出てきて
「ご臨終です。」
とだけ言った。女達はすすり泣き、男達は手を合わせた。
その後、庄右衛門は皆と協議し、娘を村内にある真言宗智山派の寺院、真乗院にて荼毘(だび、火葬)に付すことにした。そして遺骨は仮小屋の近くに埋葬した。いつの間にか桜の花が開いていた。
「俺はここに娘のために御堂(おどう)を建てようと思う。」
庄右衛門は皆に言った。
「この娘は誰だかわからなかった。何処から来て何処に行こうとしたかも。何一つわからなかった。しかし、この娘にも家族や縁者がいて帰りを待っているだろう。もし、その縁者が探しに来た時に、この娘がここで亡くなったことが分かるようにしたいのだ。」
皆も異論はなかった。
御堂は仮小屋の部材を使い簡素に建てられた。とりあえず御堂は「娘御堂」と名付けられた。
御堂の前には娘がここで亡くなった経緯などを書いた板が掲げられた。いつ来るかわからない誰かのために。
第三章 石神村
7.御堂
この章の目次へ主な登場人物

岩井庄右衛門
石神村の名主。

里(さと)
庄右衛門の妻。

了庵
鳩ケ谷宿の医者。

さよ
身元不明の娘。
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