検分
石神村は関東郡代伊奈家の所領、赤山領4千石にある村で、赤山陣屋に隣接する。
赤山陣屋は自領の支配だけではなく、江戸馬喰町の郡代役所から出された通達などを、支配する幕府直轄領の村々に届ける際の中継所としての役割を持っている。なによりここには4人の支配人がいて、それぞれ関東郡代が支配する30万石の幕府直轄領を分割して支配している。
昼過ぎに赤山役所(赤山陣屋)から役人が検分に来ると聞いていたので、庄右衛門は今の内炊き出しの握り飯を食っておこうと頬張っていると、人だかりの向こうから役人が2人歩いてくるのが見えた。前を歩いているのは庄右衛門がよく知る藤田という手代だったが、藤田の後ろを歩いてくる人物を見て庄右衛門は驚いた。
「よう!庄右衛門!」
「会田様!」
会田七左衛門は赤山陣屋において実質トップの立場であり、関東郡代伊奈家の支配する30万石の幕僚の内10万石を支配する大支配人である。
その会田が行き倒れ者の検分に来たのだから庄右衛門が驚くのも無理はない。庄右衛門は膝をついて挨拶をした。
「会田様のようなお方が何故このようなところに?」
「いやなに、当家も人手不足での。」
会田はバツが悪そうに頭を掻いた。
「そんな、お戯れを。」
「いや、行き倒れが身分の高い娘かもしれぬと聞いてな。万が一そうだとしたら大事だて。手代任せには出来んと思うたのじゃ。」
(身分によって扱いが変わるということか?)と庄右衛門は解釈したが、それにしても会田七左衛門様が何故?と腑に落ちないようだった。
会田は庄右衛門から発見から今までの経緯を聞くと、「どれ、見せて見ろ」といって仮小屋の入り口になっている筵(むしろ)を上げた。
会田は無言で娘の頭から足の先まで観察すると
「身に着けていたものは?」
と言って、庄右衛門に娘の衣服と所持品を筵の上に広げさせた。身元を示すものは何もなかった。
(これは違うな)と会田は思った。
彼は娘の身分などどうでもよかった。
外部には内密にしているが、伊奈家は現在内紛の真っただ中にあった。家中が当主伊奈忠尊(ただたか)派と家老永田半大夫(はんだゆう)派に分かれて対立していたのである。現に忠尊によって永田は濡れ衣を着せられ、この赤山陣屋に逼塞(ひっそく)させられている。それが1年半にも及び、ついに永田派の家臣たちが当主忠尊に諫言状を突き付けようという事態に及んでいる。
そのように家中が緊迫した状況なので、彼はこの赤山で起きる僅かな変事も見逃すことは出来なかったのだ。しかし見たところ娘は家中や関係者ではないし、内紛に伴う事件性は感じられなかった。彼はそれだけ確認できれば用はなかった。
「邪魔したの」と言って、会田はさっさと帰ろうとするので、庄右衛門は慌てた。
「あ、会田様!もうお帰りで?あの、お見立てのほどは?」
「わしにもわからん。娘の意識が戻らんと何ともな。すまんがそれまでおぬし等で介抱してやってくれ。」と言って懐から金を出して庄右衛門に渡すと
「藤田、あとは任せた。」と言って帰っていった。
呆気にとられる庄右衛門の横で、調書を取っていた藤田は(なるほど)と感心したような顔で会田の背中を見送った。
「藤田様、何しに来たのでしょう?会田様は。身分の高い方という線はないということですか?」
「あ、いやいや、それはまだわからぬ。武家の子女でなくても大名のお女中という事もありうる。それもまた大目付にも報告せねばならぬからな。しかし仮にこの娘が身分の高い娘だとしても、付き添いに置き去りにされたとしても、少なくとも殺されかけたのではない。これは病による行き倒れだ。つまり事故ということだ。」
「村の年寄りたちは娘が借金で身落ちしたお武家の子女で、女衒に買われて江戸から引っ張られて来たのでは?と言っています。もしそうだとしたら、それは問題になるのですか?」
「いや、それなら問題にはならん。身落ちしたらもう武家ではない。百姓と同じだ。それにこのご時世、そんな話しは珍しくないからな。」
「それにしても美しい娘だな。案外貧乏御家人の娘ではなく、本当にやんごとなき身分のお姫様かも知れんな。」
「実際にそんなことがあるのですか?」
「無くはない。昔大奥のお上臈(じょうろう)が歌舞伎役者と密通をしていた事件もあったしな。」
藤田は80年以上前の江島生島事件を持ち出した。
「何と!お上臈と言えば大奥で一番偉い方ではないですか。そんな方が色恋沙汰を?」
庄右衛門はありえないと思った。
「庄右衛門よ、上流階級と雖も同じ人間、中身は我等と変わらんのだ。それに武家は大身になればなる程権力争いが熾烈だ。家督相続や派閥争いなどで対立が始まれば、血で血を洗う抗争になることもしばしばだ。」
「なるほど、身分の高い家ほどいろいろあるのですね。その点御領主様(伊奈家)におかれましては家中円満、我等も安心して家業に精を出せます。」
藤田は庄右衛門からさらっと伊奈家の話題を出されてハッとした。
(気を付けねば。家中が権力争い真っ只中にあるなど、決して外部に漏れてはならぬ。先ほども会田様が一切悟られぬように振る舞っておられたのに。)
「じつはな、最近家中で揉めに揉めた大名家があってな。」
「ほう、どちらの?」
「溝口様だ。」
「溝口様?」
「越後の新発田藩だ。ご当主のお祖母様が寵臣を使って専横をやりだしてな。藩は当主派と祖母派の対立で収拾がつかなくなった。最期は御老中の裁定が下って落着したが、その間はさまざま変事が相次いだそうだ。そんなこともあって会田様直々に来られたのではないかな?」
藤田は話題を伊奈家から逸らそうと、最近有った新発田藩の騒動を持ち出して庄右衛門を煙に巻いた。
「はぁ。左様で。」
「すまんすまん。余計なことを言った。忘れてくれ。この件に関しては娘の意識が戻らぬと何も分からぬ。意識が戻り次第役所に知らせるように。それから死んだ場合も報告するように。これで検分は終わりだ。じゃあな!」
と言うと、庄右衛門の肩を叩いて藤田は帰って行った。
会田は赤山陣屋に帰る道すがら自嘲していた。
(我ながら心配の度が過ぎるな。ただの行き倒れではないか。)
些細なことでも過敏に反応する自分が滑稽に思えた。
今、伊奈家中は未曽有の危機に瀕していた。当主伊奈忠尊(ただたか)は1年半前、理由不明のまま突如家老の永田半大夫父子を赤山陣屋に逼塞(ひっそく)させてしまった。永田は伊奈家一の実力者で、彼の敏腕があればこそ江戸打ち壊しの収拾など、数々の難題にあたることが出来たのである。
その永田の不在によって伊奈家の職務は次第に支障をきたしてきた。また、備中松山藩板倉家からの養子である忠尊は、家督を前当主(伊奈忠敬)の子、忠善に譲る約束を反故にして、自分の愛妾の子に継がせる画策するなど、家中でやりたい放題の振る舞いをしだした。
殊に家臣達が危機感を覚えたのは、実兄の寺社奉行板倉勝政を後ろ盾として存在していることから、幕閣(老中)に対して不遜な態度を取り始めたことである。すでにあちこちから非難の声が上がっており、いよいよお家の存続が怪しくなってきたのである。
(今自分がすべきは家中対立によって機能不全に陥っている伊奈家を立て直すこと。それには正論・正道を持って今一度家中をまとめることだ。当主(忠尊)派の策謀を案じるよりも改心を迫る。それでもダメなら刺し違えても退場してもらう)
会田がこのように腹を決めているのは、彼が当主忠尊への諫言状に連判した首謀者であったからだった。
(可哀そうだが、あの娘は助かるまい。)会田は立場上行き倒れ者の報告を数多(あまた)見てきたが、あのように意識を長時間失って蘇生した例を聞いたことが無かった。
(だが、死の間際に庄右衛門等に見つけられたのは不幸中の幸いといえよう。彼らは優しいからな。きっとねんごろに弔ってくれるだろう。阿弥陀三尊来迎(あみださんそんらいごう)は疑いあるまい。)
第三章 石神村
5.検分
この章の目次へ主な登場人物

岩井庄右衛門
石神村の名主。倒れていた娘が助かるのは五分五分と医者に告げられる。

藤田
赤山陣屋の手代。検分のために村を訪れる。

会田七左衛門
赤山陣屋のトップ。藤田と共に検分に訪れる。
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