第三章 石神村

4.診断

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主な登場人物
岩井庄右衛門

岩井庄右衛門

石神村の名主。医者を手配する。

了庵

了庵

鳩ヶ谷宿の医者。

診断  昼前に鳩ケ谷宿から了庵(りょうあん)という医者が来た。了庵はじつは庄右衛門の娘の絹を診てくれた医者の2代目だった。 了庵は庄右衛門から状況を聞くと、女房達の中から2人選び、一緒に小屋の中に入った。 了庵は娘の脈を取り、目を開いて覗き込み、生きているのを確認すると、あちこちつねったり叩いたりしだした。 (わずかだが反応はある。だが意識は無い。) 続いて口の中を見て、頭と首をまさぐり、手足の関節を動かしてみた。 (外傷は見られない。毒を飲んだ形跡もない。手足の関節も問題ない。) 最期に娘を裸にすると、すみずみまで観察した。 (きれいなものだ。争った形跡はない。) 了庵は補助の女に白湯を持ってこさせると、半身を起こして口を開けさせ白湯を口の中に入れた。しかし全部口からこぼれてしまった。 続いて何かの薬を嗅がせてみたが何の反応もなかった。 小屋の外で大勢が待っていると了庵が小屋から出てきた。彼は書き留めた付箋を見ながら見立てを発表した。皆かたずを飲んでいる。 「まず、娘の状態ですが、生きてはいますが意識はありません。」 「それから娘の体には外傷が見られません。頭にこぶや傷もありませんでした。また毒物を飲んだ形跡も見られません。」 「以上の事から推測しますと。」 了庵の言葉に皆身構えた。 「病気です。」 皆顔を見合わせた。 「何の?何の病気です?」 皆から疑問が上がった。 「何の病気か分かりません。可能性として卒中。心臓が一時的に止まったことでの意識消失。また、これが一番あるかもしれませんが、寒さに晒されたことでの血流の停滞です。でも私はこういう人を診たことがないので何とも言えませんが。」 「そして皆さんが心配しているような流行病ではないので、感染に気を遣う必要は無いです。」 「それから治療についてですが、意識が戻らない以上は見守るしかありません。何も食べませんし飲みませんので。出来るとすればゆっくりと体を温めることです。以上です。」 皆鼻白んだ。温めるだけなら治療と思えないからだ。話が終わると皆口々にああでもない、こうでもないと言いながら帰って行った。 庄右衛門は了庵のもとに行き治療について詳しく聞いてみた。 「先生。温めるとはどういう風にやれば良いでしょうか?」 了庵は少し考えてから、 「そうですねぇ。小屋の中で火をたくのは煙が出るのでやめておいた方が良いでしょう。焼いた石を甕の中に入れて蒸気で温めるとか。でもこれだと介抱している人が参りそうですね。 それはほどほどにするとして、娘を戸板に乗せて、その下に焼き石を敷いて、じんわりと温めるのが良いと思います。 くれぐれも熱くなりすぎてはダメですが。人の体温より少し熱いぐらいに保つと良いと思います。」 「先生は凍えによる症状とお考えですか?」 「それはわかりませんが、卒中などとすると、この段階だと治療のすべがないのです。しかし凍えによる症状ならば、ゆっくり温めればあるいは?と思っています。」 庄右衛門の胸に不安が広がった。 「つまり、先生は回復が見込み薄だと?」 了庵は庄右衛門にはっきりと言った。 「そうです!可能性は五分五分です。」 庄右衛門の心臓が「ドクン」と音を立てた。