第三章 石神村

3.救助

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主な登場人物
岩井庄右衛門

岩井庄右衛門

石神村の名主。御林で倒れている女を発見する。

里(さと)

里(さと)

庄右衛門の妻。

杉山喜助

杉山喜助

庄右衛門の隣人で村の住人。

救助  脱兎のごとく家に帰ってきた庄右衛門は大声で妻を呼んだ。 「さと!さと!いるか!」 息を切らしてそう呼ばわると、さとが中から出てきた。 「あんた、何をそんなに?どうかしたんですか?」 庄右衛門は膝に手を付きながら息を整えると土手山を指さし、 「あ、あの、山に、林に女が倒れている!手伝ってくれ!」 「ええ!?女の人が!?それは大変!」 「ここへ運ぶから、女房たちを集めてくれ!それと着替え、布団、ええと、医者だ!医者を呼べ!」 そういうと庄右衛門は隣の杉山家へ走っていった。 杉山家に着いた庄右衛門は庭にいた爺様に事情を説明した。 「あ~ん、行き倒れ?女かね?そりゃ~大変だ。」 爺様があまりにのんびりしているので、しびれを切らした庄右衛門は、 「喜助ー!喜助はいるかー!」と大声で呼ばわった。 それを聞いてのそっと出てきた喜助は、 「どうしたんですか?庄右衛門さん。」 と、あくびを掻きながら言った。庄右衛門は緊張感のない喜助の胸倉をつかみ。 「女が倒れているんだよー!あそこで!お前も手伝え!」 と言った。喜助は驚いた顔で「女?それは大変だ!」と言って走って行ってしまった。「奥の方だぞ~。」という庄右衛門の声が聞こえたかどうかわからぬまま。 庄右衛門は通りがかった村人を捕まえて事情を説明すると、男手を集めるよう頼んだ。それから喜助の後を追った。 女が倒れている場所に着くと喜助が女の顔を覗き込んでいた。 「庄右衛門さん。若い女です。返事がありません。どうしましょうか?」 喜助が手短に状況を説明すると庄右衛門は、 「とりあえず俺の家に運ぶ。そこで介抱しよう。医者も呼んでくる。」 「そうですか。じゃあ運びましょう。」 そう言って喜助が運ぶのに邪魔になる女の蓑笠を外すと顔が露わになった。 「これは!」二人同時に声を上げた。顔から血の気が引いてはいるが、見たこともないような美しい娘だった。 「庄右衛門さん。これはただの百姓の娘ではないですよ。」 庄右衛門は喜助と娘を運びながら状況を整理していた。 「この娘、いつからあそこに居たんでしょうか?」 「うん。着物が濡れているから昨日の午後か夕方か。」 「すごい雨でしたからね。でも一晩中あそこにいたらとっくに死んでいるんじゃないですか?」 「確かに。夜は冷え込んだからな。すると夜が明けてからか。」 「なぜあそこで倒れていたんでしょうか?道に迷ったのかな?」 「それもあるが、若い娘が一人でこんなところに来るとは考えられん。おそらく連れがいて置き去りにされたんだろうな。」 「その連れに殺されかけて運ばれた。」 「それは何ともな。娘の意識が戻ってから聞いてみないと。」 「それにしてもこんな美人を置き去りにするなんて。ひどい奴ですね。」 「ああ。同感だ。」 話をしているうちに林が切れた。 「よし!俺の家に寝床を用意しているからそこに寝かそう。」 「いや、ちょっと待ってください!この娘、何かの病気じゃありませんか?」 「病気?何の?」 「流行病とか。」 庄右衛門はギクッとした。そう言われればそうだ。流行病に罹って倒れた可能性も十分ある。 「いったん降ろせ。鼻と口を手ぬぐいで縛れ。」 そう言って娘を降ろすと、喜助は娘の口を手ぬぐいで縛ろうとした。 「ばか!お前の口だよ!」 二人は手ぬぐいで自分の鼻と口をふさぐと、あらためて娘をどこで介抱するか話し合った。 「家はやめておこう。しかし病人を野ざらしにすることはできない。この庚申塚の隣に小屋掛けをしよう。」 そうこうしているうちに村の男たちが集まってきた。 「こりゃあ、えれぇ別嬪さんだ!」「若いぞ。いくつだろう?」「百姓には見えねえな。」 たちまち騒然となった。庄右衛門は皆にここで介抱をするから仮小屋を作るように、また、流行病の可能性もあるから医者が来るまで近づかないように指示した。皆それぞれ散っていった。  庄右衛門は娘を筵の上に寝かすと娘の帯を解きに掛った。 「何をしているんです?」 喜助が聞いた。 「服が濡れているからな。着替えさせないと。」 「着替え持っていませんよ。」 「お前の着ている服。脱げ。」 「ええ!?」 そんなやり取りをしていると、村の女房達がぞろぞろとやってきた。 「あんたの家に来るっていうから待ってりゃ、なかなか来やしねえ。こんな所で何やってんだい!」 庄右衛門はいきなりどやされた。 「何って、まず着替えさせないと。」 「そんなのはあたしらの仕事だよ!とっとと退きな!」 女たちは庄右衛門達を追い払うと、娘を囲んで介抱を仕出した。 「綺麗な娘さんだね。」「可哀そうに。」「元気になると良いね。」「必ず助けるからね。」娘の周りは再び騒然となった。 娘は髪を降ろされ、白の襦袢に着替えさせられ、上から羽織を掛けられて布団の上に寝かせられた。一層美しさが増して、隣で小屋掛けしている男たちは気が気でなかった。 「天女ってこういうのだろうな。」「高貴な香りがする。」 そんなことを言いながらも仮小屋はあっという間に出来た。