土手山
庄右衛門は自宅を出ると
日光御成道に出た。そこには左右に御林があるからだ。
林に入ると杉、ヒノキ、松、ケヤキなど、手入れが行き届いた木々が整然と並んでいる。庄右衛門はそれを1本1本見て歩き、倒れていないか、枝が折れていないかを丹念に調べて行った。そして、折れた木を見つけると帳面に記録していった。
(けっこうやられているな。この時期にあんな嵐が来るなんて。折れた木はすぐに修復しないと枯れてしまうから、あとで皆を集めて早めにやってしまおう。)
御成道の御林の調査を終えた庄右衛門は村道の北側に広がる土手山御林に入った。土手山は村道から村境を流れる
赤堀用水までの盛り上がった丘で、反対側の
北原村側から見れば山のように見える。
庄右衛門が山の奥まで来た時、木々の高さを超えた太陽の光が林の中にサーっと差し込んだ。幻想的な光景だった。光のまぶしさに目を伏せたとき、草履が一つ落ちているのを見つけた。
(草履?)
思わず拾い上げたときに「うっ。」という微かな声が聞こえた。ハッとして周囲を見渡すと、杉の大木の後ろに白い足が見えた。
(人がいる!)
杉の後ろに駆け寄ると蓑笠を着けた女が倒れていた。
「おい!どうした!」
庄右衛門は女を抱えて声を掛けた。
「しっかりしろ!何があった?!」
女は目を少し開けたが返事がなかった。なおも声を掛けたり揺すったりしたが体がだらんとしていて意識を失っているようだった。着物が湿っていて冷たかった。
(行き倒れか?殺しか?どうしてこんなところに?)
家まで運ぶか人を呼ぶか迷った。
(まず皆に知らせよう。人手がいる。)
そう決めると立ち上がって、
「すぐ戻ってくる!ちょっと待っていろ!待っていろよ!」
そう言うと庄右衛門は走り出した。
(大変だ!大変だ!)
焦る気持ちのまま全速力で家に向かった。
娘遭難図