第二章 旅路

5.迂回

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主な登場人物
六郎兵衛(ろくろ)

六郎兵衛(ろくろ)

板橋宿問屋場の雑務係。道に迷いながらも進路を選び、赤山陣屋まで来た。

さよ

さよ

大宮宿の大店の娘と見られる若い女性。六郎兵衛とともに大宮を目指す。

迂回  俺たちは元来た道を戻り、鎮守の森の前の道に出た。西に行く道は池と田んぼに阻まれて鳩ケ谷の街道に通じる道は無さそうだった。もう北から陣屋を回り込んで西に進むしか無さそうだった。道の両側はずっと武家屋敷が並んでいる。幸い道を歩く者はいなかったが、ここらの住人に見つかるのも避けなければならない。彼らは役人かその奉公人だ。幸い誰も歩いていない。  道は左に緩く曲がっており、陣屋の堀の縁辺に沿っていた。途中道標が立つ二股の分かれ道があったが、迷わず広いほうの道を選んだのは、狭いほうの道が森の中に続いていて、行き止まりになることを恐れたからだ。広い道は急な下り坂になっており、赤山陣屋が山の上にあることがわかった。もう武家屋敷はなかったが百姓家も無かった。俺たちは山に沿って左に回り込むように進んだ。(左に回り込めば茶屋があるはずだ。)  冷たい北風が容赦なく吹き付ける。雲間から差し込む月の明かりが頼りだった。百姓家を見つけて泊めてもらうか?いや、百姓の家だって警戒して戸も開けてくれまい。このご時世、押し込み強盗に間違われるのがオチだ。そんな無駄なことをするより茶屋だ。茶屋ならば金を弾めば泊めてくれるだろう。 ほどなく道を横切るように細い川が見えた。川に掛かる木橋を渡るとき下を見ると、川は増水のため満々と水を湛え勢いよく流れている。(落ちたら助からない)そう思いながら橋を渡ると、左にあった山が切れて、畑が山裾まで広がっていた。(ようやく半分は迂回出来たか?それにしても伊奈様のお役所の何て広さだ。)俺は想定外に時間が掛かる迂回に焦っていた。 振り返ると娘が大分遅れている。そして二、三歩よろけて膝に手をついたかと思うと、とうとうしゃがんでしまった。 「大丈夫か?少し休むか?」と聞くと。 「大丈夫です。もう少しなんでしょう?まだ頑張れます。」 俺はどこかに風を凌げる場所がないか見回すと、道の端に小さな稲荷堂を見つけた。小さいが二人ぐらいなら入れそうだ。ここで一晩過ごすのは無理だが、少しの間休むことを娘に勧めた。 「ろくろさん。私、今歩くのを止めたらもう歩けなくなりそうで。先ほどから足に力が入らないんです。体も芯から冷えてしまっているようで。」 いよいよ体力の限界か?俺でも寒さと疲労と空腹で参りそうなのだ。しかし、娘の言う通り、休んでしまったら最後、もう歩けないかもしれない。 「わかった!もうちょっとだ!頑張れ!」 「そうだ、唄を歌え!歌いながら歩け!」 俺がそう言うと娘はフッと笑ってゆっくりと立ち上がった。俺は娘に手を貸し立ち上がらせると、そのまま腕を娘に掴ませた。娘は俺の腕にしがみついて歩きながら、唄を歌い始めた。 「逢うて別れて~、別れて逢うて~」 「ちぎれ、ちぎれの雲見れば~」 どこかで聴いたような小唄だった。 「そうだ!その調子だ!上手いじゃないか。」 (今少しで良いから元気を出してくれ。)俺は励まし続けた。 そうして二人で歩いていると、ザーザーという音がしてきた。それは進むにつれ大きくなっていった。その時雲が切れ、三日月の光が地を照らすと驚くべき光景が目の前に広がっていた。 「なんだこれは!」思わず叫んだ。 「そんな!道が!」娘も愕然と声を上げた。