第二章 旅路

4.赤山陣屋

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主な登場人物
六郎兵衛(ろくろ)

六郎兵衛(ろくろ)

旅を続ける中、地理に不案内ながら赤山の役所を目指して進んでいる。

さよ

さよ

ろくろと行動を共にしながら大宮を目指す。

赤山陣屋  この時期の日はだいぶ長いが、寺を出た辺りで日は沈みかけていた。鳩ケ谷宿まで急がなければ。その鳩ヶ谷だが、俺にはどう行ったら良いかわからねえ。もしかしたら鳩ヶ谷に通じる道を通り過ぎたかも知れねえ。 俺たちはとにかくこの道を進んで、赤山の関東御郡代の伊奈様の役所に行くことにした。そこに着けば鳩ヶ谷に近いはずだ。それでもし分からなきゃ、お役所の先に、すぐ茶屋があるはずだ。 小半時(30分)程歩くと道の両側に20間(36m)程の間口の屋敷が整然と並んでいる場所に出た。それぞれの屋敷が垣根で区切られているが、どうみても百姓の集落には見えない。(もしや武家屋敷か?)さらに進むと正面に松や杉の林が見えた。近づくとそこは鎮守の森のようだった。道はその手前で左右に分かれている。(赤山道はここで行き止まりか?いや、そんなはずはない)道を渡ると森の中に細い道があったので俺たちは森の中へと入っていった。 入るとすぐに右手に築山があり、その上に神殿が立っていて、左手には鳥居があった。(やはり神社か?)森はかなり広く、他に2つの神社があった。さらに進んでいくと突然2丈(6m)もあろうかという空堀と、その向こう側に高さ1丈(3m)の土塁が現れた。(城?いや、これは陣屋(代官所)だ!) 「やった!着いたぞ!これは赤山役所だ、間違いない!」 俺はやっと安堵することが出来た。 「俺たちは板橋から東に向かって千住大橋を渡って北西に歩いてきた。大宮はこのまま北西に進んだ先にあるだろう。そうすると鳩ケ谷はここから西の方にあるはずだ。そうでなくても西に行けば鳩ケ谷を通る街道に突き当たる。そこまで行けば何とでもなる。」 俺がそう言うと、娘はほっと白い息を吐き、深々と頭を下げた。 「ああ、ろくろさん!ありがとう!ありがとうございます!」 俺たちは丁子路に戻ると道を西に進んだ。すると小さな池があり突き当りになっていて右にしか道が無かった。右に進むと道はすぐに左に折れていた。その角を曲がった瞬間、黒い大きな門が目に入った。 「なんだ!これは!」 二人でその門に駆け寄ると、門は固く閉じられ、左は池、右は土塁で、その上に板塀が張られていた。そこは行き止まりだった。俺は千住の蓑売りの親父の言葉を思い出した。 (そのまま進んで伊奈様のお役所の中を通り抜けると、そこに街道の立場の茶屋町があるから。) そうか!大宮への道は1本道かもしれないが、役所の中を通らねば行けなかったのか! 「ろくろさん!これは御役所の門ですか?」 「そうだ。この門をくぐると大宮への道がある。」 (これはまずいことになった。) 俺は唸った。日が暮れて、いや、もしかしたらこの嵐で早めに閉門したかも知れねえ。 「じゃあ、門を開けてもらって通してもらいましょう!」 娘はそう言うと門を叩き出した。 「待て!ダメだ!」 俺は慌てて娘を制止した。娘は「何故?」というような怪訝な顔をした。 「いいか、よく聞け。」俺はひとつ息をついて、諭すように言った。 「ここは代官所だ。代官所は年貢を取るだけじゃなく、治安のために俺たち百姓や町人を取り締まっている。この中の役人が俺たちを見たらまずしょっ引くだろう。理由なんていらねえ。怪しければ牢屋に監禁する。」 「ええ!?そんな!私たちはただの旅人ですよ!事情を話せば。」 「だから、俺たちがどう抗弁しても、役人というのは証拠がなければ納得しない。ましてこんな日に、こんな時分に、若い娘と男が代官所の門を開けろと騒いだら、怪しむなと言う方がどうかしている。」 俺は娘の言葉に被せるようにまくしたてた。 「でも、私たちは悪人じゃありません。御代官様もよくお調べになれば、疑いは晴れるかと。」 「そうだな。俺たちは悪人じゃない。お調べになれば潔白も証明されるだろう。だが、俺たちの身元を証明するためには、俺の身元を知る板橋の問屋場の役人か、あんたの大宮の家族に確認を取らなければならない。それまでに何日かかる?何日拘束される?」 娘は絶句した。かすかに明るかった西の空が暗くなっていく。陣屋の木々がざわめき、冷たい北風が俺たちの頬を撫でた。